ものづくりだより534号(製作事例)
おはようございます。溶接管理技術者の上村昌也です。
突然ですが、皆様は「ビシッとプレスの効いていないスーツ」を着て、重要な商談に出られるでしょうか?
どれほど高級な生地を使っていても、シルエットが崩れていては信頼を得ることはできません。
アルミの筐体も全く同じです。「角(エッジ)」がだらりと落ちた製品は、それだけで全体の品格を下げ、設計者の意図をぼやけさせてしまいます。
設計者の立場で見ると、角の輪郭は「単なる見た目」ではなく、設計意図(外観要件・エッジの見え方・仕上げ指示)を担保する機能要素です。
また、調達・品質保証の立場で見ると、角落ちが大きいほど仕上げ工数が増え、手仕上げ依存が増え、結果として再現性(個体差)と工程能力が落ちやすくなります。
研究開発用途でも同様で、角の状態が安定しないと、評価試験や外観比較が「条件の違い」ではなく「仕上げのばらつき」で汚れてしまいます。
今回は、A5052(t3.0)の角継手を例に、あえて「角を残す」ためのパルスTIG溶接の考え方と、それによって得られる「仕上げ工数削減」というメリットについて、現場の視点から深く掘り下げて解説します。
ポイントは「溶接条件だけで語らない」ことです。溶接→仕上げ→最終外観まで含めた工程設計として整理します。
1. 悩み:角が落ちると何が困る?(見た目と仕上げ工数)
「どうせ後でグラインダーをかけるんだから、溶け込んでいればいいじゃないか」
現場ではそんな声も聞こえてきそうですが、これは大きな間違いです。
特に、設計図面に外観要求(角の見え方、R/C面取り、線の締まり)や、組付け・外装の見栄え条件がある案件では、角落ちは設計意図の崩れにつながります。
- 見た目の「締まり」がない:角が落ちすぎると、製品の輪郭(シルエット)がだらけて見えます。特に装置のカバーや筐体など、外観が重視される部品では致命的です。
- 仕上げ工数の増大:落ちた角をごまかして平滑にするためには、周囲を余分に削り込む必要があります。これは「削り代」の増加を意味し、仕上げ時間の延長と、形状のバラつき(個体差)を生む原因となります。
ここで重要なのは、「仕上げで何とかする」という発想が、工程設計としては弱い点です。
仕上げが増えるほど、作業者依存が増え、外観の再現性が落ちます。結果として、大手企業様で求められがちな検査基準の安定(見た目の基準合わせ)や、研究所様の比較評価の再現性が確保しにくくなります。
つまり、溶接の段階で角をキープしておくことが、最終的な品質とコストの両方において最も合理的なのです。
2. 原因:アルミ角継手で角落ちが起きる理由
なぜ、アルミの角継手はこれほどまでに角が落ちやすいのでしょうか。
最大の要因は、アルミニウムの「高い熱伝導率」と「角部への熱集中」です。
角継手の先端(角)は、熱が逃げる方向が限られているため、平面部に比べて熱がこもりやすくなります。
十分な溶け込みを得ようとして入熱を上げると、板厚全体が溶ける前に、最も熱容量の小さい「角」が耐えきれずに溶け落ちてしまうのです。
この物理現象がある限り、単に「電流を下げる」というアプローチでは、今度は溶け込み不足(融合不良)のリスクが高まってしまいます。
設計・品質の観点で言い換えると、角継手は「外観」と「健全な溶け込み」を同時に要求されるため、条件が狭い(プロセスウィンドウが狭い)仕事です。
だからこそ、入熱を単純に増減させるのではなく、熱の入り方そのものを設計する必要があります。
3. 解決策:パルスTIGで入熱を“分割”して角を残す
そこで我々が採用するのが、パルスTIG溶接による入熱制御です。
パルスTIGとは、高い電流(ピーク電流)と低い電流(ベース電流)を高速で繰り返す手法です。
【パルスTIGの狙い】
- ピーク電流:瞬時に母材を溶かし、必要な溶け込みを確保する。
- ベース電流:アークを維持しつつ、溶融池を冷却(凝固)させる時間を作る。
角継手において連続的に熱を加え続けると角落ちしますが、パルスによって入熱を「断続的」にすることで、角が落ちる前に冷却させるサイクルを作り出せます。
これにより、「溶け込みは確保しつつ、角の形状は維持する」という相反する要求を両立させることが可能になるのです。
設計側の言葉に置き換えるなら、これは「角を美しくする」ではなく、仕上げ代を最小化し、外観の再現性を上げるための工程設計です。
大手企業様のように図面指示・検査基準が厳密な現場でも、研究所様のように再現性を要求される場面でも、狙いは同じです。
「熱を入れる量」ではなく「熱を入れる“リズム”」を制御して、角の崩れを抑えます。
図面がある加工案件でしたら、可否・概算・納期の方向性を先に整理できます。
外観要求(角R/C、面取り指示、仕上げ指定)がある場合は、図面の注記も含めて拝見いたします。PDF図面または写真(全体+溶接部アップ)を添えてご相談ください。
4. 実務ポイント:角残りとアーク安定のバランス調整
ただし、パルスを使えば万事解決というわけではありません。重要なのはその「設定」です。
設計・品質・研究用途に向けて言うなら、ここが「再現性」を左右します。条件は“理屈”で組んだつもりでも、アーク安定性が崩れれば結果が再現しません。
角残りと健全な溶け込み、そしてビードの安定(蛇行・ムラの抑制)を同時に成立させる必要があります。
ベース電流の黄金比率は「約60%」
角落ちを恐れてベース電流を下げすぎると、アークが不安定になり、ビードの蛇行や溶け込みのムラを招きます。
当社の経験則として、A5052 t3.0の角継手においては、ベース電流をピーク電流の約60%程度に設定するのが一つの目安です。
このバランスが、アークの指向性を保ちつつ、角部の過剰な溶融を防ぐ「スイートスポット」であると考えています。
なお、ここでの「約60%」は固定値ではありません。
拘束条件(治具)、溶接長、姿勢、溶接速度、加材の入れ方で溶融池の熱容量が変わるため、最終的には現物の状態に合わせて微調整を行います。
特に大手企業様・研究所様での要求(外観/健全性/再現性)が複合する場合は、狙う評価軸に応じて調整の優先順位も整理します。
タングステン電極径の選定
また、アークの広がりを物理的に抑えるために、タングステン電極はφ2.4mmを選定しています。
細すぎる電極は消耗が早くアークが不安定になりがちですが、φ2.4mmであれば電流密度を適正に保ちつつ、狙ったポイント(角の頂点)にピンポイントでアークを集中させやすくなります。
再現性が要求される現場では、この「アークの指向性」と「消耗による変動」を見落とすと、同一条件でも結果が揺れます。電極径は“当たり前のようで効く”要素です。
5. 製作事例:A5052 t3.0(388×550×250/溶接長320mm)
実際の製作事例をご覧ください。
【仕様】 A5052 / 板厚 t3.0 / サイズ 388×550×250mm / 溶接長 320mm

パルスTIGで角部の入熱を制御し、角落ちを抑えたA5052 t3.0の溶接ビード。仕上げ後も“締まった見た目”を狙うための実例。
写真をご覧いただくと、ビードの中央が盛り上がりつつも、両サイドの「角(エッジ)」がしっかりと残っているのがお分かりいただけると思います。
この状態であれば、グラインダーを軽く当てるだけで綺麗なR面やC面を作ることができ、仕上げ作業の負担も最小限に抑えられます。
これが、上村製作所が提供する「後工程まで考え抜かれた溶接品質」です。
▶ 関連する技術記事(アルミ溶接の歪み・予熱・筐体製作の実例)
【A5052厚板溶接】歪み抑制と高精度加工のコツ
…厚板における歪み対策の基礎はこちら
よくある質問(FAQ)
Q1. 角落ち対策は、パルス溶接だけが正解ですか?
いいえ、パルスは有効な手段の一つに過ぎません。継手の形状、トーチの当て方、仮付けの間隔、溶接順序(歪み分散)によっても結果は変わります。「角を意図的に残したいのか」「溶け込みを最優先するのか」という目的に合わせて、最適な工法を選定します。
Q2. ベース電流とピーク電流の差は、どの程度で調整していますか?
本件のようなA5052 t3.0の角継手では、ベース電流をピーク電流の約60%程度に設定することが多いです。これより下げすぎるとアークが不安定になり、品質の再現性が低下するためです。最終的には溶接姿勢や溶接長に応じて微調整を行います。
Q3. ヘリウム混合ガスを使うと、低電流域でアークが安定しにくいのはなぜですか?
ヘリウム混合ガスはアーク電圧が高くなる特性があり、特に低電流域(ベース電流時)ではアークの維持が難しくなる傾向があります。そのため、混合ガスを使用する場合は、純アルゴン使用時よりもベース電流を高めに設定するなど、ガスの特性に合わせた条件変更が必要です。
Q4. グラインダー仕上げ前提でも、わざわざ角落ち対策をする意味はありますか?
大いにあります。溶接段階で角形状を維持できれば、仕上げの「削り代」が均一になり、加工時間が短縮されます。また、手作業による仕上げのバラつきも減るため、製品ごとの形状品質(リピート性)が向上します。
「角が落ちすぎるとカッコ悪い」—それは外観だけでなく、仕上げ工数と再現性の問題です。
パルスの入熱制御に加え、トーチの当て方・仮付け・歪み対策など、トータルの“段取り設計”で、仕上げ代と見た目の両方を整えます。
「仕上げ工数を減らしたい」「エッジの効いた製品にしたい」というご要望があれば、図面段階から一緒に検討させてください。
※「図面」や「現状の写真」があると、より具体的な改善案が出せます。
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